『いのきちさん』過去記事紹介(『いのきちさん』22号 2015年5月1日発行 掲載)
―2011年11月から2017年11月にかけて刊行された、井の頭恩賜公園100周年カウントダウン新聞『いのきちさん』。ご愛読くださっていた方々の声にお応えし、掲載当時の記事をご紹介していきます―
自然からの手紙
5月、若葉を広げたエゴノキやハクウンボクをよく見ると、葉が巧みに巻かれたものがぶら下がっているのに気づきます。写真の甲虫、エゴツルクビオトシブミが作った揺籃(ようらん)、ゆりかごです。「エゴノキが好きな、鶴のように長い首をしたオトシブミ」という意味ですが、実際に葉を巻くのは、上方にも写っている、もう少し首が短いメスのほうです。全長はオスが7mm前後、メスは5mmほどしかありません。
飛来したメスは、葉を丹念に調べ歩いた後、葉元近くに横からJ型の切込みを入れ、その先を葉軸に沿って二つ折りにし、先端から巻き始めます。少し巻いたところで卵を1個産み付け、さらに巻いていきます。ただぐるぐる巻くのでなく、両側を、とくに葉軸側は立体的な折り目を付けながら、処理していくので、できた揺籃がほどけることはありません。オスの仕事は、メスと交尾して自分の遺伝子を渡すことと、他のオスにメスを奪われないよう見張ることです。つまり、メスのちょっと長い首は葉を巻くのに役立っていますが、オスのとても長い首はその役には立ちません。
大型連休のころに辛抱強く探せば、実際に葉を巻いているところが見られます。巻き終わるのに1時間ほどかかりますが、新緑の季節なので、天気が良ければ快適な観察ができます。日に透ける若葉を見上げることができるハクウンボクがお薦めです。
揺籃の中で孵化した幼虫は内部の葉を食べて成虫にまで育ちます。揺籃は外敵から守るシェルターであり、食料でもあるのです。しかし実際には、その半数以上が寄生蜂などの被害に遭うそうです。このオトシブミが生きていくにはエゴノキかハクウンボクが不可欠ですが、葉を切られたり食べられたりするそれらの樹にとっては、迷惑なだけで、メリットはとくに無さそうです。自然は複雑で、厳しく、また寛容です。枝に吊り下げられた「落とし文」には、生物多様性の素晴らしさが綴られています。
田中利秋 井の頭かんさつ会
井の頭かんさつ会代表。毎月自然観察会を開催。池の外来魚問題にも取り組む。
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(『いのきちさん』22号 2015年5月1日発行 掲載)